ツナガルワタシーヒビノキロクー

ファミリーコンステレーションと禅タロットの学び、パン作りやさをり織りのものづくりの日々

第2回ファミリーコンステレーション基礎的研究レポ

9月18日土曜日、「ファミリーコンステレーション基礎的研究」in滋賀を開催いたしました。

今回は、コロナによる非常事態宣言のため、あまり大々的に募集は控えていたのですが、こくちーずや検索エンジンで見つけていただいた方にもご参加いただくことができ、少人数ながらも、深い学びの1日となりました。

 

勉強会はまず瞑想からスタートします。
瞑想は、グループ内の意識の共有化や、お互いの無意識へのアクセスを許可する、そして場へのグランディングなど、大切な役割を果たします。

この場を参加者全員で作り上げる意味もあり、短いながら大切な時間です。

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最初のエクササイズは、「自分」と「自分の感情を乱す人(イライラさせられる人)」と「感情」の間に起きていることを見る、でした。

この場合、イライラしている者同士の間には、何らかの共通する因子がある、それを見てみよう、という目的です。

 

私の場合、私の感情の代理人がよそを向いているのに、私の代理人はやたら元気で前向きという動き。

なんだこれ?
なんか元気になって本来の感情を観ないことにしている状態。

心理学をめっちゃ学んだ人によくある傾向らしいです。
あはは、ぐうの音もでんわ。

先月、こんなことを書きながらも、まだまだ修行中だなぁーを体感しました。

yunaka13.hatenablog.jp

 

この日もこれを含むエクササイズ2つ、働きかけ(コンステレーション)2件でした。

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最初のエクササイズの後、働きかけをするのですが、思いがけず大きなテーマが浮かび上がってきました。

 

これまでもカウンセリングでトラウマを扱う時に、「大災害や戦争など、社会的に大きく影響したものが、個人のトラウマ大元となって起こることがある」と学んできました。

多くのコンステレーションを見てきましたが、各時代の戦争であったり、大災害であったりが原因となっていることも珍しくはありません。

 

今回も、ある方の働きかけの中で「戦争」という大きなテーマを取り上げざるを得ない展開になりました。

コンステレーションの場は、参加したそれぞれのエネルギーや持っている問題によって、何が出てくるのかは予想できません。

またそれが、自分とつながる人が原因ではなく、ゆかりの土地に住んでいた、が原因の場合もあります。

コンステレーションでは、そんなパターンの問題を取り扱うこともよくあるのです。

 

今回ご参加の方は、いきなり大きなテーマが出てきて、最初は驚かれてましたが、起きたことが自分にどのような影響を及ぼしているのかを知る良い機会となったようです。

 

ご参加いただいた方のご感想です。

ファミコン(ファミリーコンステレーション)のよさは、一人のテーマをみんなで参加して解決できること。みんなの心が良い場を作り出していて本当によかった
・戦争がテーマとなり自分の無知さも確認しました。いろいろと知っていこうと思います。
・まったく初めてでドキドキでしたが、参加できてよかったです。
・自分の原点につながる発見がありました
・当日出てきた話題がくみ取られ進んでいくのが自然な流れの力を感じました

 

講師、主催者の所感です。

(講師:吉川さん)
2回目ですが、取り上げる問題が、一つ一つ回を重ねるごとに深くなっている気がします。受講いただいている皆さんが場を形成しているように感じます。

(スタッフ:畑中さん)

扱う問題も深かったですが、よりタイムリーな問題が浮き上がったように思いました。
今、私たちが抱える変なモヤモヤ、、、ぎこちない世間の動き。、その裏の要因の一つを出せたのではないでしょうか?

 

この日も活発な質問や応答があり、おひとりの問いかけが皆さんの学びになるという熱い1日でした。

コンステレーションを学ぶ、ということは自分自身を知り、自分を信頼することにつながっていく、そう信じて勉強会を続けていきます。

 

次回は11月19日金曜日、その次は2022年1月15日土曜日を予定しています。

場所は、初回に戻り、琵琶湖のほとりの「ピアザ淡海」での開催となります。
母なる湖、琵琶湖のほとりで、自分らしく生きる方法を学んでみませんか。

次回のご案内はこちらです↓

www.kokuchpro.com

 

 

 

「老化」って何なのさ?-老いる自分をゆるしてあげるー

最近、「上手な歳の取り方」を考えるようになった。

どうなりたいか、というと

  • 好きな洋服が着られること
  • 好きに学び続けられること
  • 「こんなことやりたいな」って時に、ゆっくりでいいから動けること
  • 本を読み続けられること
    etc・・・

言い出したらキリがないのでこのあたりでやめておく。

これらのことをやろうとすると、まず出てくるのが、体力筋力問題。

ことに、去年の緊急事態宣言以来、出かけることが減り、どんどん体力がなくなっていることに気づくのだ。

現在、朝ラジオ体操、夜にストレッチや軽い筋トレやってるものの、「ほんとにコレでいいのか?」なんてことも頭をよぎる。

そういえば、去年の読書会で「老いる自分をゆるしてあげる」という本を読んだ友人がいたなー。読書会の時も気になっていたので、わたしも読んでみた。

 

 

歳を取る=体が老いるってどういうこと?から始まり、「骨」「筋肉」「感情」がそれぞれ年を取っていく、それに対応するにはどうしたらいいか?ということがわかりやすいように漫画で解説されている。

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それによると、600万年前のヒトの寿命は約20年だった。それが長い歳月を経て、20世紀半ばまでに約50年に延びた。
そのため、ヒトの寿命は50年で設定されている、と予想される。

老化、というのはヒトの中に「老化のプログラム」があらかじめ設定されていて、それが50年の寿命だったのだ。

老化は、成長と同じように身体に組み込まれているプログラムであり、生命の営みなのだ、と書かれている。

 

以前、知り合いが「人間の身体って、50年で寿命が来るから、それ以降は余生やと思って楽しく生きるのがええ」と言っていたが、まさにそのままな感じだ。

彼女がこれを知っていたかどうかは不明だが、なんとも真実をついた一言だった。

 

長い間、50歳で終わっていた寿命が、この50~60年で一気に倍に増えてしまった。
身体の老いに心がついていかない、そんな状態が今起きている。
では、彼女の言う「余生やと思って楽しく生きる」にはどうすればいいか?
その答えが、身体と心の両面の扱い方が、わかりやすくユーモアも忘れずに書いてあるのがこの本だ。

 

「身体(骨と筋肉)」のケア

  • 骨細胞に危機感を持たせるエクササイズ
  • カルシウムとタンパク質をとる
  • ストレスをためない
  • 歩き続ける(足の筋肉をつける)
  • きちんとした姿勢で立つ、歩く

当たり前のことが並んでいるが、それを無理なく続けるヒントも記述されている。

「感情(心)」のケア

  • 脳のアクセルとブレーキのバランスを保つ
  • クールダウンはぐっすり眠ること
  • 老いを体感するたびに、ちょっとずつ折り合いをつけていく
  • 「長く生きていると楽しみが増える、だから長生きしなさい(貝原益軒 養生訓)

「さあ、50歳からの人生を創ろう」を合言葉に、自分を受け入れて今までと違うサイクルで生きていくことが重要なのだ。

  • 治療よりも養生
  • 養生とは生活習慣に気を配り健康を維持する
  • 自分への過信と甘えが体調を崩す

あはは、耳が痛い言葉が列挙されている。
が、周囲を見渡すと「自分への過信」してる人、多いんじゃないかな。
(ドキッとしたアナタ、アナタも仲間ですよー)

 

で、50歳以降の人生の作り方としては

  • 人生の優先順位をつける=エネルギー配分をする
  • 好奇心を失わないこと
  • 早めにこまめに養生、時には羽目を外す
  • 老いて行く自分の身体を許す

がポイント。

上二つは、比較的簡単に取り組んでが、つい忘れがちなのが、下二つ。
今まで大丈夫だったから、とちょっと無理してみたり、まだ若い(基準もなく)といって、身体が言うこと聞かないのも自分でせめてみたり、そんなこと、している人多いんじゃないかな。だって、みんなとっても頑張ってるもの。

 

この本を知ったのは、去年開催していた読書会。
この本で参加してくれた友人がいたのだ。
とても気になって、買ったはいいけどしばらく置いといたのだが、ようやく手に取ったのだ。

この書評を書くために、読んだ時の読書ノートと、去年の読書会の記録を読み返してみた。そこにメモされていた、友人の言葉がある。

「身体さんに、寝る前に「ありがとう」、朝起きるときに「今日もよろしく」って声に出して言ってます」

 

より長く、自分と楽しく付き合うには、まず現状を理解すること。
老いる自分を受け入れて、自分の老いをゆるして、楽しく生きるそのための「現実的な」ヒントが盛りだくさんな本だった。

家族の絆、土地の絆(1枚の自分史プロジェクト)

私は滋賀県生まれの滋賀県育ちである。
旦那の転勤で6年間、島根県出雲市に行った以外はほとんどを滋賀で過ごしている。

昔から、日本海側がなんとなく好きで、太平洋や瀬戸内海よりも日本海が落ち着くのだ。

ところで、Facebookで母方祖母の出身が福井方面だった、という投稿をした。

 

それを見た年下のいとこ二人がコメントをくれた。
いとこたちは母方祖母が福井の出身だと知らなかった、と。

そのうちの一人が、自分の父親(私からみたら叔父)にそのことを聞いてくれ、コメントを返してくれた。

 

それによると、

「祖母の父(私から見たひいおじいさん)は福井武生の庄屋の息子で、親の言うことを聞かなかったか何かの理由で勘当されたそう。

叔父は50数年前にその家を訪ねたが、昭和になったその時でさえ、ご当主は昔の庄屋のおやじさん然としたひとだった。

祖母は、その祖母にかわいがってもらっていたということらしいので、小さい時に武生にいたと思う。

祖母がいつ京都に出てきたのかは聞きそびれたけど、叔父が子どものころは、鯖江に住む祖母の親せきが遊びに来ていたよ」

ということだそう。

 

50数年前、それは日本が高度成長期の真っただ中で、人口が一億人を超し、カラーテレビ、車(カー)、クーラーが新三種の神器といわれた時代。

 

叔父のその話で思い出したのだ。

おそらく私もそこに、叔父叔母とともに訪問していたことを。

私がたぶん3歳ごろの夏、その時の1枚がこの写真である。

向かって右に写っているのが、幼いころのわたしだ。

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祖母の生家である武生の家は、叔父が言う通り豪邸だったのだろう。。何せ元庄屋の家屋なのだから。

祖母の生家とはいえ、ほとんど会ったことがない遠い親戚、人見知りのわたしは、おそらくとてもとても緊張していたのだ。その時の写真を見ると、初めは硬くまじめな表情で、今見ても「緊張してます!」という空気が伝わってくる。

 

その家には「ゆめちゃん」という名の女の子がいた。私より少し年上だったかなぁ。

何枚かの写真を見ると、すっかり打ち解けて、おもちゃのギターを弾きながら歌ったりしている笑顔のわたしたちがいる。

幼いわたしは、そこがどこかもわからずに、その時できた小さいお友達と楽しいひと時を過ごしていた。

写っている縁側のわたしたち、ちょっと湿った木のにおい、草のにおい、土のにおい、蚊取り線香のにおいを、今もリアルに感じる。

 

この時の写真を眺めていると、そこにいる叔母やいとこたちは、とてもいい笑顔で写っている。みんなで出かける遠方への旅、こんな大勢で出かけることもあまりなかっただろうし、心の底から楽しんでいたのだろう。

 

ところで、わたしは現在、田舎の家のヨメとして家を守っているのだけれど、田舎の家は、いつ大人数のお客さんが来ても、大丈夫なようになっている。

食器の数、布団の数、調理器具の数、たぶん20人くらいは普通に食事をして泊まることができるくらいの品々が当たり前のようにそろっている。

うちの婚家のような普通の農家の家でさえそうなのだから、元庄屋さんなら、なおのこと、それ以上の家財道具はそろっていただろうし、大勢のお客さんをもてなすことにも慣れておられたことは容易に想像がつく。

 

大人数で訪問したにもかかわらず、皆が笑顔になれるほど暖かく迎えてもらい、楽しい時を過ごすことができていたことを、その時の数枚の写真は伝えてくれている。

叔父さんのコメントにもあるように、今思えば、祖母はその家で本当に大切に育てられていたのだろう。

 

私の記憶の中の祖母は、とてものんびりした人で、ゆっくりゆっくり話す人だった。

母曰く、家事があまり得意ではなく、母の姉たちと家事や下の兄弟の世話を分担していた、とのことで、母にとっての祖母は手のかかる母親という印象だったようで、たまに愚痴を聞かされていたこともある。

祖母のそののんびりさは、この田舎の家で大切にゆっくり育てられた結果なのかもしれない。そう思うと、母から聞かされた愚痴も「ふふっ」と笑えて来る。

 

自分が投げたちょっとした投稿から、祖母のルーツ、自分のを知ることとなった。
そして、同時に思い出したのは、わたしは祖母が大好きだった、ということ。

日常に紛れてるとつい忘れがちだが、ほっとした一瞬に、祖母の顔を思い出すことがある

 

お彼岸には間に合わなかったけれど、天気のいい日に母とともに、祖母のお墓参りしようかな。
おばあちゃん、おかげでわたし元気だよ。
今、福井の人と共に、家族のきずなを取り戻すワークの仕事をしているよ。

 

家族の絆、土地の絆、そんなことを思い出させてくれたこの1枚だった。

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今回、この記事を書いたのは、友人の藤原優子さんが手がけられている「100人と書く1枚の自分史」プロジェクトに参加させてもらったのがきっかけです。

2020年の秋からスタートされて、Amazon kindleですでに4号まで出版されています。

 

↓100人と書く1枚の自分史はこちら

peraichi.com

 

自分史=リタイヤした人が過去を思い出して書くもの、と思われがちです。

が、彼女は、過去の自分や家族のかかわりを思い出し、整理し、それをこれからの人生につなげていくためのもの、という位置づけに「自分史」を置いています。

1枚の写真を見ながら、質問に答えてることで、自分史が書きあがっていく、それはとても豊かな時間です。

その豊かさや楽しさをいろんな方に味わっていただきたいと思っています。

今回、この記事を書くために、投稿の写真以外にもいくつもの写真をみることになり、それもまた、振り返りのきっかけになりました。

改めて、優子りんに感謝いたします。